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味噌汁状態のみんなへ
こうして人生振り返ってみてさ。
振り返れば振り返るほどあの時の日々が俺の血肉になっていることに驚かされるわけで。
本当に、みんなが居なければ今の俺は居ないと断言できる。

心から感謝したい。
端的に言うと、会いたくなりました。みんなに。
会って話がしたい。お礼を言いたい。


だから―――もし、こんなところをまだ見ている人がいたなら。
声を上げて欲しい。会いたいんだ。


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未分類 | 20:56:04 | Trackback(0) | Comments(6)
待て、その理屈はおかしい
ちくしょう心が寒い

絵が描きたいのではなく絵が描けるようになって表現がしたい、という俺の目論見はやっぱり甘いのか
ここまで絵のモチベが低いと怒りを通り越して呆れが

でも挫けない 否定したらそこですべてが終わってしまう
絵が描きたい、そこに嘘はないから


どうでもいいけどアルヴィオンのギルドの人が凄い可愛いんだがどうしよう

未分類 | 19:15:14 | Trackback(0) | Comments(1)
そう、概念なんてこんなにも脆い
前の記事の続きになります。何のことか分からない方は先に前の記事をお読み下さい。

○9月

7,8月で少し癒された心をひっさげて登校。回復の兆しが見えた。
校内模試では丁度半分くらいの成績を取り文句を言う。半年何もせずに何を言ってるんだと。
単位に必要な出席を稼ぎに行くが、風邪とインフルエンザ以外は結局休まなかった。
余談だが、A型とB型両方かかった。何の冗談だ。

少しずつ受験勉強のまねごとも始め、そこで新たに大事なことにいくつか気付く。
いちいち記すのも面倒なのでそれに関しては省略。

ちなみに、定期試験は必須科目だけちゃっかり取得。しかも平均点越え。
自分で書いててちょっとむかついてきた。何こいつ。

○10月

徐々に回復。下旬には受験生っぽい一面を見せる。…が、それも一週間でリバウンド。
それから再びニート生活に入るのだが、それ以前の紙媒体の日記を発見。
下手に思い起こすより正確なので以下、抜粋。


10/11
(前略)
もうだめ、レミィが可愛すぎてだめ。

10/12
何かよく分からないもののために頑張ったって良いじゃない。
何が得られるか分からないからこその楽しさがあってさ。

10/14
(前略)
ああ、世の中正しいことだらけだ。そもそも間違いだらけならそうはならないのだよ。
この世は正しいことだらけ。例えそれが両立するのがどんなに不自然でも。
でもそれを認めた上で、人は全てを選べないから。
都合の良いように正義を振りかざすんだろう。
(中略)
成程、また一つ分かったことがある。「最善を尽くす」というのは実に胡乱な言葉なのだ。
「あの時自分の限界はあそこだった」と言えば、完全に事後法でも誰も文句が言えない。
その場その場で出来ることをやるしかないのだと。つまり、そういうことだ。
逆に言えば、それが最善なのだ。なんという理不尽だろう。分かりにくいぞ。
(中略)
あ、そうか。俺の中にも好きな部分と嫌いな部分があって当然なんだね。
阿呆か、なんだそりゃ。
(後略)



紙のくせに長い?俺に文章書かせるとこうなるのだよ。
ちなみに10/14は省略部分を削らないとボリュームが三倍になる。
こうしてみると、当時の俺の精神状況がよく分か…らない…
まあ、色々考えてたことは確か。それが余分でどうでも良いことだったとしても、それを文字として記すことが俺にとっては大切なことだったんだろうね。いいや、間違いなく大切だった。
そしてレミィは可愛い。

○11月

リバウンドの後で、まるで抜け殻だった。特筆すべき事がない。
創作意欲がなかった分6月よりも酷い。
学校も行っていないが、必要単位は揃っていたので問題なし。いや生徒として問題はあるが。

○12月

少しずつ回復。開き直りと諦観の混ざり合ったような気分で渋々と机に向かったり向かわなかったり。
一日1時間くらいは勉強してたかな。平均するとそれ以下かもしれない。
それは勉強したうちに入らないのでは、と言われると返す言葉がないが0よりかマシ。
俺なりに、流石に焦ってたのかもね。本当に受験まで時間がなかった。

大晦日の紙媒体日記を抜粋。


ああ―――全く。人生で最悪な一年だった。
勉強はしない絵は描かない、学力そのままで1年という時間を消費しただけ。
昨年の俺にこの惨状を見せたらどう思うやら。
さて、この一年。無意味ではなかったと思うことだってある。

(果てしなく中略)

訳が分からなくていい。何度折れたっていい。
でも、約束してくれ。いつか、絶対に立ち上がると。
―――そして、俺に見せてみろ。「これが俺だ」と。

言葉の力を、俺たちは知ってるはずだ。



必死で近未来の自分を鼓舞する健気な俺が伺える。
でも、この日記には少なからず救われた。これがなかったらもっと酷かったかもしれん。

○1月 ~センターまで

少しはやった。具体的に言うと、直前三日で数学を7時間やった。
…全国の受験生がかけた時間を考えれば木っ端みたいな時間だが、それで効果は出る辺り怖い。

で、センターの結果もついでだから書いてしまおう。

・国語
現代文 90/100
古文  29/50
漢文  37/50

・数学
数Ⅰ・A 90/100
数Ⅱ・B 未受験

・英語
筆記  178/200
リスニング 34/50

・社会
世界史 53/100

結論:文系(笑)
事実上高2の学力で取ってきた点数としてはこんなもんかな、というところ。
英語の筆記が過去最低点、リスニングも対策しなかったからボロボロなのもまあ仕方ないとして。

世界史は…まあ、やらなかったんだから仕方ないね。
ちなみに、センター利用で(世界史は使わず)3科目84%強。
そこそこの数字で、前記事の明治合格を手にしたわけです。

○1月 センター後~

数日抜け殻の後学校へ行き、思わぬ発言を聞く。詳細は記載せず。
ともかくそれでスイッチが入ってしまい(今更)猛烈に追い込みを始める。
…のだが、4日連続10時間の勉強の後倒れる。やれやれと言わざるを得ない。
実際、睡眠時間9時間(※マジです)で10時間の勉強というと余分な時間がまるでない。
最後の最後で、限界まであがいたと言えばあがいたと言えるのかな。4日で力尽きたけど。

○そして2月から今へ

一応MARCHよりワンランク上に挑戦してはみたが流石に現実は厳しく不合格、そして今に至る。
世界史じゃなく数学受験だったらもう少し惜しいラインまで行ったかもしれんがどうでもいいね。
まあ、そんな感じでした。全国の受験生とは全く違うベクトルで苦しんだ一年でした。

うちの学校ではMARCHなんて底辺だわー、という感じだけど仕方ないね。
下を見ればキリがないとしても、高2時点の学力で受かったと思えば悪くはない。
というより、世の中見たらそれも失礼で図々しいことこの上ないものね。腐ってもMARCH。
大変だったけど、また人生考えてみようと思います。現役MARCHならそこまで致命的じゃないさ。
何より、自分の能力にはそれなりの自負がある。きちんとこれを活かせば将来困ることは…ない、と思う。

以下、何故鬱になったのかの考察。

やっぱり、根本的なところで「真面目な優等生としては脆い」部分があったのかもしれない。
人一倍感情表現の強い人間なのに、慎重すぎる人付き合いの仕方と、先行した「優等生」の側面が表現の機会を奪ったというか何というか。
つまり、ストレスが綺麗に発散できず妙なところに詰まったか。
それなりに器の広い人間を目指しているつもりだけれども、どうにも限界というものがあったか。

感受性が強いと往々にしてそういうことが起きるのだと親は言っていた。
…まあ、結局はそういうことなんだろうな、と思う。

大事なのはこれからどうするかで、去年の経験をどう活かすか。
正直、受験勉強に明け暮れるよりは大切なことにいくつか気付いた分、長い目で見れば有意義な一年だったと思う。勿論そこに負け惜しみが一切ないとは言わないけど、強がりでは決してない。

何がきっかけで回復したとかいうこともなく。そもそも、今でさえ完全に回復したかも分からず。
でも、一つ区切りはついた。それで良いじゃないか。

俺はいつだって後ろ向きだった。これからもそれは治らないかもしれない。
でも、それでいい。これからも、俺は後ろ向きで前に進もうと思います。
それでも楽しいと思えるようになったのはきっと、俺の成長だから。

…以上、一年の奇跡と今年の抱負みたいなものでしたとさ。
今年は頑張ろう。きっと楽しい一年になる。

未分類 | 23:12:55 | Trackback(0) | Comments(1)
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